自室篭城をまるでタングステン鋼の如し堅牢なる意志でもって敢行していたわけなんですけれども、突如として現われし侵入者に部屋の秩序は乱された。名を弟という。ドアを必死の形相で開けたかと思えば風の如しスピードで以って我が宮殿へと足を踏み入れようとする。

「なりませぬ!この部屋に入るのはなりませぬ!」

止める僕と突き進む弟のコントラストは日本大使館に特攻(ブッコミ)をかける北朝鮮難民と彼の侵入を防ごうとする中国人ポリセメンの鬩ぎあいを否応無く思い起こさせ、見るものに世界の貧富の差とか平和維持活動とか最近の金正日の影の薄さとかそういった類のニュースに思いを馳せさせるのはまた別の話として、何やらただ事ではない様子。というかさっきからコイツ「ムヒーーーーー!!!」とかしかいってない。鳴き声から推測するに、どうやら夏の風物詩の餌食となった我が兄弟は痒みに負け傷を掻き毟り、挙句悪化してどうしようもなくなり、聖なる痒み止めであるところのムヒを渇望、家中探し回ったがしかし一向に見つからないので僕の部屋に来た、って所だろう。ちなみに「夏の〜」という下りから終わりまでは全部本人談である。かってな推測ではないので誤解せぬよう注意申しいたす。


紆余曲折あって何だか良くわからないけど成り行きでムヒを探すことになった。夏休み。外では蝉が命を焦がす音が響いている。きっとやんちゃボーイズ&ガールズは虫取りに夢中だ。そんな中。僕らはムヒ探し。家の中。いささか効きすぎたクーラーの下。ふざけるな。僕刺されてないのに。痒くないのに。何で僕が探さねばならんのだ?疑念が浮かんできたのでとりあえず捜索を打ち切り、そして弟に尋ねる。お前この前っつかさっき使ってなかったか?どこ置いたんだ?質問をぶつけると弟は暫くの思案の後、尻のポケットに手をやった。そして現れた手のひらには捜し求めていたムヒの姿。持ってたのかよ。どうやらあんまり痒いのでムヒを常備していたのに、そのことをすっかり忘れていたらしい。見つかって狂喜乱舞している弟に僕は至極穏やかに語りかける、「ちょっと貸してくれないか?」手渡された物の封印を解く。そして露になった蒼い部分、それを弟の口の周りに塗りたくった。


(オオガミ著 宿題をやらない100の理由 第4章〜夏休み編〜 より抜粋)